ブライアン・メイとは?ギター・博士号・現在を解説

ブライアン・メイは、QUEENのギタリストです。1947年にイギリスで生まれ、父親と手作りしたギター「レッド・スペシャル」で、ほかの誰にも出せない音を生み出してきました。天体物理学の博士号を持つ研究者でもあり、2023年にはナイトの爵位も受けています。

項目内容
本名ブライアン・ハロルド・メイ(Brian Harold May)
生年月日1947年7月19日
出身イギリス・ミドルセックス州ハンプトン
QUEENでの担当ギター、コーラス、作曲(リードボーカルを取る曲も)
愛用ギターレッド・スペシャル(父親と自作)
学位天体物理学博士(インペリアル・カレッジ・ロンドン)
称号ナイト(2023年)
現在79歳。音楽活動を継続中(2026年9月時点)

初めてQUEENを聴いたとき、ブライアンのギターは、私にはギターの音に聞こえませんでした。笛のようでもあり、ストリングスやブラスのようでもある。「これ、本当にギターで弾いているの?」と不思議で、それがとても面白く感じたのを覚えています。

この記事では、QUEENを教えてくれた叔父の影響でギターにも少しだけ触れた私の視点から、ブライアン・メイの生い立ち、ギターの特徴、作曲、博士号、そして2026年現在の活動までをまとめます。4人全体の役割分担は、QUEENメンバー4人完全ガイドもあわせてどうぞ。

ブライアン・メイの生い立ちとQUEEN結成

ブライアンは1947年7月19日、ロンドン郊外のハンプトンで生まれました。音楽好きだった父親の影響でウクレレを弾き始め、7歳のときに両親からアコースティック・ギターを買ってもらいます。

10代になると、エンジニアだった父親と一緒に、自分たちの手でエレキギターを作り始めました。これがのちの「レッド・スペシャル」です。

学校の成績も優秀で、1965年にはイギリス有数の理工系大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンに進学して物理学を学びます。在学中の1968年には、友人のティム・スタッフェル、メンバー募集で加入したロジャー・テイラーとバンド「スマイル」を結成しました。

1970年にティムが脱退すると、スマイルのファンでもあったフレディ・マーキュリーが加わり、QUEENが誕生します。1971年にジョン・ディーコンが加入して4人がそろい、1973年にアルバム『戦慄の王女(Queen)』でデビューしました。

ギタリストとしてのブライアン・メイ

父と作ったギター「レッド・スペシャル」

レッド・スペシャルは、ブライアンが10代のころに父親と約2年かけて作ったギターです。ネックには古い暖炉の木材を使い、バイクのバネや貝ボタンなど、身近な材料を工夫して組み込んでいます。

驚くのは、このギターを60年近くたった今もメインで使い続けていることです。QUEENの名曲のほとんどは、この手作りのギター1本から生まれています。

ピックの代わりに6ペンス硬貨

ブライアンは、普通のピックではなくイギリスの古い6ペンス硬貨で弦を弾きます。硬貨の縁のギザギザが、音の立ち上がりにざらっとした独特の質感を加えます。ギター、奏法、アンプ、そのすべてが「ブライアンの音」をつくっているのです。

ギターでオーケストラを作る

ブライアンの代名詞ともいえるのが、ギターを何本も重ねて録音し、オーケストラのような響きを作る手法です。初期のQUEENのアルバムには「シンセサイザーは使っていない」という趣旨の表記がありました。それほど、聴く人がシンセサイザーと勘違いするような音だったということです。

私が最初に「ギターに聞こえない」と感じたのも、まさにこの音でした。笛のように聞こえたり、弦楽器やブラスのように聞こえたりするのは、ブライアンがギターの音色と重ね方を徹底的に工夫していたからなのだと、あとになって知りました。

ディレイが生む「ひとり合奏」

もうひとつの大きな特徴が、ディレイ(やまびこのように音を遅らせて繰り返すエフェクト)を使ったギターソロです。自分が弾いたフレーズが少し遅れて返ってきて、それに次のフレーズを重ねていくことで、ギター1本なのに何人もで合奏しているような響きが生まれます。

実は私も、QUEENを教えてくれた叔父からギターをもらって弾いたことがあります。残念ながら全然上達しなかったのですが、叔父から借りたエフェクターとアンプにつないで、このディレイを使ったソロをほんの少し再現できたときは感動しました。自分の音が重なって返ってくる瞬間、ブライアンがステージでやっていたのはこれなのか、と体で理解できた気がします。

私がすすめるブライアンのギターソロ3曲

ブライアンのギターの面白さを知るなら、ちょっと変わり種の2曲と、正統派の1曲をおすすめします。

曲名収録アルバム聴きどころ
Procession『QUEEN II』(1974年)アルバムのオープニングを飾る短いインスト曲。重ねたギターが、弦楽器による行進曲のように響く
Good Company『オペラ座の夜』(1975年)ブライアン自身が歌う曲。後半では、ギターでトランペットやクラリネットなど、ジャズバンドの管楽器を再現している
Brighton Rock『シアー・ハート・アタック』(1974年)アルバムの1曲目。ディレイを駆使した長いソロは、ロックギターソロの王道

「Procession」と「Good Company」は、言われなければギターだと気づかないかもしれません。そのうえで「Brighton Rock」を聴くと、ブライアンがロックギタリストとしても一級品であることがよくわかります。

作曲家としてのブライアン・メイ

ブライアンは、QUEENの代表曲を数多く作曲しています。

曲名特徴
We Will Rock You足踏みと手拍子だけのリズムで、世界中のスタジアムで歌われるアンセム
Tie Your Mother Downブライアンらしいハードなギターリフのロックナンバー
’39宇宙旅行と時間の遅れを題材にした、フォーク調の曲(ブライアンが歌う)
手をとりあって(Teo Torriatte)サビが日本語で歌われる、日本のファンに向けた曲
Who Wants to Live Forever映画『ハイランダー』のために書かれたバラード
I Want It All80年代後半のQUEENを代表するハードロック
The Show Must Go On主にブライアンが書いた、フレディ晩年の名唱で知られる曲

ハードロックからフォーク、バラード、日本語の曲まで、作風の幅がとても広いのがわかります。日本のファンとして、1976年の「手をとりあって」は特別な一曲です。

学歴と、37年越しの博士号

インペリアル・カレッジで天文学の研究へ

ブライアンは地元のハンプトン・グラマー・スクールで優秀な成績を収め、1965年にインペリアル・カレッジ・ロンドンへ進学しました。1968年に物理学の学士号を取得し、そのまま博士課程で天文学の研究に進みます。

研究テーマは「黄道光」です。太陽系の中にただよう塵が太陽の光を反射して、夜明け前や日没後の空にぼんやり見える現象です。観測のために、カナリア諸島に小屋を建てて専用の装置を設置するほどの本格的な研究でした。

ところが、1970年代に入ってQUEENの活動が本格化すると、ツアーやレコーディングで研究を続けることが難しくなり、博士課程は中断されます。

2007年、ついに博士号を取得

それから30年以上がたった2006年、ブライアンは研究を再開します。昔の観測データに、その後の研究成果を加えて論文を完成させ、2007年に博士号を取得しました。

私が「’39」で知った、天文学者の顔

私がブライアンの天文学への造詣の深さを知ったのは、「’39」という曲がきっかけでした。宇宙を旅して帰ってくると、地球では長い時間がたっていた。そんな相対性理論の「時間の遅れ」を題材にした曲を、ロックバンドのギタリストが書いていることに驚きました。

その後、2008年ごろに博士号を取ったというニュースを聞いたときは、「まだ天文学をあきらめていなかったのか」とさらに驚きました。何かを極めるときに、二兎を追うこともできるのだと、思い知らされた出来事です。

博士号取得後の活動

博士号取得後も、ブライアンは天文学の分野で活躍しています。小惑星のひとつには彼の名前にちなんだ「ブライアンメイ」という名前がつけられました。2015年にNASAの探査機ニューホライズンズが冥王星に接近した際には、立体画像の制作で研究チームに協力しています。

立体写真(ステレオ写真)の研究・普及にも力を入れていて、専門の出版社「ロンドン・ステレオスコピック・カンパニー」を復活させました。

音楽以外の活動と「サー・ブライアン・メイ」

ブライアンは、動物保護活動家としても知られています。特にイギリスでのアナグマの駆除に長年反対し、保護のための運動を続けています。

2002年にはエリザベス女王の即位50周年を祝うイベントで、バッキンガム宮殿の屋上からイギリス国歌をギターで独奏しました。2005年に大英帝国勲章(CBE)を受け、2023年にはナイトの爵位を授与されて、正式に「サー・ブライアン・メイ」となりました。

ブライアン・メイの現在(2026年)

ブライアンは2011年から、アメリカのオーディション番組出身のボーカリスト、アダム・ランバートを迎えた「QUEEN+アダム・ランバート」として、ロジャー・テイラーとともに世界ツアーを行ってきました。

2024年には軽い脳卒中を公表しましたが、その後回復し、2025年4月のコーチェラ・フェスティバルでは若手シンガーのベンソン・ブーンと共演しています。

2026年1月には、アメリカでのツアーは今後行わないと発言しました。一方で、QUEENがいつステージに戻るかはわからないとしながらも、戻らないとは決して言わないと語り、まだ誰も聴いていない曲があることもほのめかしています。7月には、ロジャーもライブ復帰の可能性について、自分よりもブライアンの気持ち次第だと語りました。

音楽活動も続いていて、今年8月には映画『マスターズ・オブ・ユニバース』関連の曲をリリースしています。また、1986年のハンガリー公演を映像化した映画『クイーン:ブダペスト』が、2026年10月7日に日本で公開予定です。

私がファンになってからも、QUEENは何度か来日しています。けれど、そのたびに受験や子育てと時期が重なってしまい、残念ながら生のブライアンを見る機会には恵まれませんでした。いつかもう一度来日してくれたら、今度こそ、あのレッド・スペシャルの音を会場で聴いてみたいと思っています。

まとめ

ブライアン・メイは、父親と手作りしたレッド・スペシャルと6ペンス硬貨で、ギターとは思えないほど多彩な音を生み出してきたギタリストです。「We Will Rock You」や「手をとりあって」など代表曲の作曲者であり、37年越しに博士号を取った天文学者でもあります。

ギターの音色を極め、学問もあきらめなかったブライアンの生き方は、「二兎を追ってもいい」と教えてくれます。まずは「Procession」「Good Company」「Brighton Rock」の3曲で、ブライアンのギターの面白さに触れてみてください。

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参考にした主な情報

2026年のブライアン・メイ、QUEEN関連の報道

Brian May公式サイト、QUEEN公式サイト

インペリアル・カレッジ・ロンドンの公表情報

QUEENのアルバム解説、インタビュー映像・ライブ映像

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